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学院所蔵の揺籃期本 Biblia Latina (1478)

AGUデジタルアクセスチームは、青山学院が所有している15世紀の聖書、Bible Hieronymi (Biblia Latina) をデジタル化しました。フォルジャー・シェイクスピア図書館 (Folger Shakespeare Library) のプラットフォームMiranda の改良の後、フォルジャー図書館の協力によりBible Hieronymi (Biblia Latina) の全ページを閲覧、ダウンロードすることができるようになる予定です。現在はMirandaのビューワーで、冒頭のイメージを閲覧することができます。

この聖書はヒエロニムスのラテン語聖書のうちでも初期の版で、この本を含めた現存する所蔵の一覧は大英図書館のインキュナブラ・ショート・タイトル・カタログで見ることができます

以下に、『青山学院資料センターだより』(Aoyama Gakuin Archives Letter)に掲載された、元本学英米文学科武内信一教授による解説を掲載します。
グーテンベルクが活字印刷術を実用化してから本格的な活字印刷本の時代を迎える1500年までを一般に揺籃期本(Incunabula)の時代と呼び、写本中心の時代から活字印刷本の時代に移り変わる過渡期の時代を意味する。わずか50年ほどの期間におよそ4万タイトル(1200万冊)が出版されたが、その多くは消失し、現存しても断片として存在するのみである。最も有名な『グーテンベルクの聖書』でさえ、現存するのは不完全本を含めても49冊にとどまると言われている。また、その数に希少に加えて、揺籃期本は中世の(装飾)写本から近代期の活字印刷に移行する様子を物語る書物史の歴史資料としても極めて価値の高いものである。青山学院所蔵のBiblia Latina 『ラテン聖書』(1478)もそのような揺籃期の一冊である。その購入の経緯は『青山学報』(第62号)に詳しいので省略するが、Ludovici Hain Repertorium Bibliographicum 『書目索引』(*3070, 1826)によれば、1478年にベニスで印刷されたものである。二つ折り判(Folio)にダブルコラム組、各コラム53行で印字され、全体で454葉からなるラテン語の聖書である。


おそらく18世紀以降に表紙が取り替えられたものと思われるが、おもて表紙には 'St Biblia Hieronymi'  と印字されている。このことからもわかるように、学院所蔵のBiblia Latina は中世カトリシズムの世界において絶対的権威を誇っていたヒエロニムスの『ウルガータ聖書』に基づく、「完全本のラテン語聖書である。旧約聖書の『モーセ五書』および新約聖書の『マタイによる福音書』の直前にはヒエロニムスのPrologus(前書き)が付されており、それぞれ冒頭の頭文字には、写本時代を髣髴とさせるような手書きによる金泥の装飾が施されている。書物全体を概観した限りでは、印刷が極めて鮮明で、汚れや破れなどはほとんどなく、500年という時の経過を感じさせない美術品の美しさを呈しているが、活字印刷本としては揺籃期の特徴でもある乱丁、誤植が目立つことを指摘しなければならない。特にページの天に付けられたヘッダーが実際の本文の内容と頻繁に異なっていることは、当時の植字工の未熟さや折丁構成の技術の不完全さを露呈するものだろう。
以上のように、学院所蔵の揺籃期本Biblia Latinaは現代社会にあってはその存在自体が極めて稀少な価値を有する一方で、現代出版の価値基準で考えれば、書物として不完全であるばかりではなく、裁断破棄の対象にすら値するものでもある。しかし、出版史、書物市の観点からはこのようなマイナスの特徴は逆にその書物が出版された地域、歴史、時代、社会を探るための極めて有効な手がかりともなる。筆者の知る限り、学院が所蔵する最古の印刷本は1662年のラテン語聖書であった。この揺籃期本の存在が一部の人たちを除いてほとんど知られていなかったことは驚きであるが、今後この書物に対する研究プロジェクトが企画され、日本における揺籃期本研究の推進基地になることを願う次第である。



来歴
この聖書を購入するきっかけとなったのは、1970年9月29日付で当時の大木金次郎院長あてにエドウィンT アイグルハート先生の長男フェルディナンド・C・アイグルハート氏より160ドルが入った書簡が届いたことからでした。エドウィン・T・ アイグルハート先生は、大学名誉教授気質健生著「青山学院の歴史を支えた人々」(『青山学報』166号)に詳しく紹介されていますが、1940年米国メソジスト監督教会の宣教師として来日し1948年まで、戦時中の維持帰国の6年間を除き、人生の大半を青山学院に奉職された方です。彼の三男ルイス・アイグルハート氏の令嬢リンさん(当時19歳)が1970年6月19日交通事故のためなくなりました。祖父エドウィン・T・ アイグルハート先生の影響でしょうか、彼女は生前日本に興味を持っておられたとのこと、青山学院に追悼記念の寄付をすることが故人にも喜ばれるだろうと考え、アイグルハート家の名前で先の160ドルが献金されたものでした。紙はやや厚めで行数は53行、2段組、総ページ数は902ページ。表紙は皮(現在の製本は発行時のものではなく1700年代のものと推定される)、高さ28cm、総重量は2.5kg。購入した当時の調査によると、グーテンベルグの活版技術発明後15世紀末までの約50年の間には印刷業者の数は増え続け、4万種約1200万冊の本が世に出たとされています。しかし多くは散逸し、1970年当時日本国内では1枚ずつばらしたものでも取引されているような状況であり、完全な形で残っているものは希少価値が非常に高いとされています。国内には約30部存在していたとのこと。また、インキュナブラには発行年が記されていないのが普通であり、L・へイン編集による書目索引によって確認することが1つの証明方法となっていますが、青山学院で所蔵しているものは、そのNo.3070に該当するものであり、1478年発行であることが証明されています。約520年も前のものとは感じさせないほど保存状態は良好です。しかし、鉛筆やペンのメモ書きがあり、また所蔵シールなども貼られています。青山学院へ来てまだ30年ほどですが、ベニスで生まれたこの聖書が490年の間、どこの国のどのような場所で、どんな人またどれだけの人がこれを手にし読み、どのようにして日本にたどり着いたのでしょうか。

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